2008年09月25日
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面白ショートショート『美姫にビキニ』

Written By: 遠野秋彦連絡先

 あるところに小さく貧乏な国があった。

 国民は100人そこそこ。国民1人1人はけして貧しくはなかったが、税収の総額はたかがしれていた。

 その国にも王様がいて、その娘は姫と呼ばれていた。姫はたいそう美しく、世界的に人気があり、美姫と呼ばれた。国名よりも美姫の方が有名とされるほどであった。

 さて、美姫は毎年バカンスに出かけていた。遠縁の親戚が持つ別荘を借り、プライベートビーチで海と遊ぶのだった。と言っても、言葉で言うほど大したことではない。別荘と言っても、バンガローに毛が生えた程度のものであり、プライベートビーチとは地元の網元が漁業で使うために個人所有している砂浜に過ぎなかった。そして、夏場は漁業のシーズンオフだったので、喜んで貸してくれただけの話であった。期間は僅かに二泊三日だった。

 当然美姫もオシャレな水着を買う余裕などはなく、学校で使うスクール水着を着て海と遊ぶのであった。

 それは一般人から見れば好感の持てる光景でもあった。質素な水着で素直に海と遊ぶ美姫は、美人女優が最先端水着で媚びを売りまくる光景には無い、心和ませる何かがあったのだ。

 だが、今年に限っては状況が変わっていた。

 この地方にレイプ魔が出るという噂が立ったのだ。いや噂だけなら昔からあった。しかし、今年に入って実際の被害届が続出したのだ。

 しかも、レイプ魔はスクール水着を着た娘しか襲わないという。どれほどビーチで過激なビキニ水着を着ても襲われないが、スクール水着を着て海で遊ぶと、その夜レイプ魔が侵入して犯して去っていくというのだ。

 当初、美姫のバカンスは中止すべきだという意見が大勢を占めた。しかし、他にろくな娯楽もない貧乏国の美姫に対してはあまりに酷な解決策と言えた。これほど安上がりに海で遊べる場所は、他にはなかったのだ。そして、他の場所でバカンスを過ごせるほどの予算も無かった。

 この問題に対して立ち上がったのは、美姫を応援する国際的ファンクラブである『がんばれ!レッド美姫ズ』であった。

 当初、彼らは別の場所でバカンスを楽しむための資金をカンパして寄付しようとした。しかし、それは国家の体面の問題として退けられた。いかに小さくとも、お金を恵んでもらうことは受け入れがたかったのだ。

 それならば、とレッド美姫ズの者達は悩み、結論を出した。金でなければ良いのだ。彼らは、オシャレなビキニの水着を美姫の誕生日プレゼントとして進呈することを思いついた。そう……。少なくとも、ビキニの水着を着ていれば、レイプ魔には狙われないのである。プレゼントであれば、国家も体面を気にせず受け取ることができる。

 更に、レッド美姫ズは別荘の周辺警戒も自主的に行うことに決めた。これは他国の領土内で他国人が勝手に行うことなので、国家の体面とは無縁であった。

 かくして、美姫はスクール水着の代わりにオシャレなビキニを持ってバカンスに出かけた。

 遠くから美姫を取り巻いて警護するレッド美姫ズの存在は目立ったため、美姫のバカンスはマスコミの話題にもなった。もちろん、ビキニの美姫が報道映えしたのも理由の1つだろう。

 バカンスの最終日。記者会見が行われ、ビキニ姿の美姫が記者団の前に現れた。

 記者達はその美しさに息をのんだ。

 記者会見は滞りなく進んだ。

 記者達は口々に美姫の無事を喜び、美姫の美しさを称えた。

 そして最後の質問になった。

 1人の記者が質問した。

 「今年のバカンスは何か特別違ったことはありましたか? いえその、レイプ魔事件やレッド美姫ズの警護の件は別にして、ですが」

 美姫は答えた。

 「はい。違ったことがありました。毎年、深夜になるとベッドの中にやって来て不思議な気持ちよいことをしていってくれる男性がいたのですが、今年は来なかったのです。何でも、スクール水着には魔法の力があるとかで、私がスクール水着を着て差し上げると、男性の足の間にある不思議な道具が巨大化するのです。そして、その道具が私の身体にも気持ちよい魔法を掛けてくれるのです。でもその男性は、今年は来ませんでした」

 記者達は、それを聞いてサァッと青くなった。このお姫様は何も分ってない。毎年レイプ魔に襲われていたのに全く気付かないで受け入れていたというのか。

 はたしてそのことを美姫に教えるべきか。しかし、レッド美姫ズのおかげで今年はレイプ魔に襲われずに済んだというのなら、このままそっとしておいても良いのではないか。

 記者達全員が悩んで思わず互いに顔を見合わせた。

 だが、美姫はその状況に気付かないで更に続けた。

 「でも、今年は警備のレッド美姫ズの皆さんが、足の間の不思議な道具で私の身体に魔法を掛けてくださったのですよ。レッド美姫ズの皆さんも魔法使いだったのですね。皆さんを見直しました。皆さんの後ろで私の警護を続けているレッド美姫ズの皆さんに拍手を差し上げてください」

 しかし、拍手をする者は誰もおらず、赤面したレッド美姫ズの面々は逃げるようにその場を去っていった。

(遠野秋彦・作 ©2008 TOHNO, Akihiko)

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